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仁敬王后

仁敬王后
本貫 光山金氏
生于一六六一年九月三日 
死于一六八〇年十月二六日 
光城府院君 金 萬 基
与西原府夫人 韓氏之長女 
李氏朝鮮王朝第十九代君主
朝鮮粛宗之元妃

仁敬王后
本貫 光山金氏
生于一六六一年九月三日 
死于一六八〇年十月二六日 
光城府院君 金 萬 基
与西原府夫人 韓氏之長女 
李氏朝鮮王朝第十九代君主
朝鮮粛宗之元妃

高陽 西五陵 翼陵
ユネスコ世界遺産
韓国文化遺産

ー概要ー

京畿道(キョンギド)高陽市(コヤンシ)徳陽区(トギャング)龍頭洞(ヨンドゥドン)にある西五陵(ソオルン)は、敬陵(キョンヌン=朝鮮王朝第9代の王・成宗(ソンジョン)の父で王に即位する前にこの世を去り、死後、王の称号を追贈された追尊王・徳宗(トクチョン)とその妃・昭恵王后(ソヘワンフ)韓氏の陵)をはじめ、昌陵(チャンヌン=朝鮮王朝第8代の王・睿宗(イェジョン)とその妃・安順王后(アンスンワンフ)の陵)、弘陵(ホンヌン=朝鮮王朝第21代の王・英祖(ヨンジョ)の王妃・貞聖王后(チョンソンワンフ)の陵)、翼陵(インヌン=朝鮮王朝第19代の王・粛宗(スクチョン)の王妃・仁敬王后(インギョンワンフ)の単陵)、明陵(ミョンヌン=朝鮮王朝第19代の王・粛宗とその1番目の継妃(後妻)・仁顯王后(イニョンワンフ)、2番目の継妃、 仁元王后(イノンワンフ)の陵)のすべてで五つの王陵からなる王陵群です。 西五陵は同じく京畿道の九里市(クリシ)にある東九陵(トングルン)に次ぐ大規模な朝鮮王朝王室の家族墓となっています。 朝鮮時代の王室では、その格により、王と王妃の墓を「陵」、王の実の親・皇太子・嬪(側室の中でで一番上の正一品の女性あるいは世子の正妻)の墓を「園」、大君(王の正妻の息子)・王女などの墓を「墓」としていました。 西五陵にはこの五つのの陵以外にも、朝鮮王朝初の「園」で第13代の王・明宗(ミョンジョ)の長男・順懷世子(スンフェセジャ)とその妻・恭懷嬪(コンフェビン)尹氏の墓・順昌園(スンチャンウォン)や、綏慶園(スギョンウォン=第21代の王・英祖の後宮・暎嬪(ヨンビン)李氏の墓)、永懐園(ヨンフェウォン=第16代の王・仁祖(インジョ)の長男・昭顯世子(ソヒョンセジャ)の妃・愍懷嬪(ミンフェビン)姜氏の墓)があり、近年では歴史にさまざまな逸話を残した第19代の王・粛宗の後宮であり朝鮮王朝第20代の王・景宗(キョンジョン)の実母・張禧嬪(チャン・ヒビン)の大嬪墓(テビンミョ)も西五陵の敷地内に改葬されました。
住所
京畿道 高陽市 徳陽区 西五陵路 334-32
경기도 고양시 덕양구 서오릉로 334-32
お問い合わせ
+82-2-359-0090
営業時間
2~5月、9~10月6:00~18:006~8月6:00~18:3011~1月6:30~17:30※入場券販売は締切1時間前まで
休業日
月曜日
駐車施設
あり(小型車44台、障がい者専用車両2台) ※駐車場は狭いためできるだけ公共交通機関をご利用ください。

韓国観光公社さまより抜粋させて頂いております。

始祖 新羅王子興光

大行王妃 仁敬王后

ー仁敬王后 金氏ー
王后(粛宗第1夫人)
仁敬王后金氏(インギョン ワンフ キム氏)
本貫:光山金氏
生没年1661年〜1680年
在位期間1674年〜1680年
宗室
父 金萬基
母 西原府夫人清洲韓氏
夫 粛宗
仁敬王后金氏は宣祖時代の学者、金長生(キム ジャンセン)の四代孫の光城府院君、金萬基の娘。
1670年に9歳で義洞別宮に入り、翌年3月に世子嬪に冊封されます。
1674年、粛宗が即位すると王后になりました。
天然痘発病後8日目に19歳で死去。
墓は高陽 西五陵 翼陵[ユネスコ世界遺産(文化遺産)]

ー光山金氏 良間公派ー
金長生
良間公派で大司諫(司諫院の官職)である金克忸の玄孫の金長生は文廟に奉職し、その息子金集は、文廟に加え宗廟にも配属された。また、文科(文官を選抜する科挙)の合格者263名(そのうち殿試の首席合格者12名)、政丞(昔の大臣の呼び名)5名、大堤学(官職の名)7人、清白吏(清廉潔白と評される役人)4名、王妃1名を輩出した。とくに大提学は金長生の子孫から輩出された。金長生のひ孫である金萬基と金萬重の兄弟は大提学を、その息子金鎮圭も礼曹判書と大提学を、さらにその息子金陽澤も大提学と領議政を務めた。