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ー専用霊園の歩みー

私たち光山金氏親族会にとって、専用霊園は心のよりどころともいうべき重要な意義をもつものであり、在日同胞社会全体からみても類稀な誇りとすべきものといえる。そればかりかソウル大宗会や済州道宗親会からも称揚される、一族全体の記念的聖域となっている。 けれども霊園がこんにちのように充実した整備を実現するまでには茨の道を切り開く、並々ならぬ献身的努力がつみかさねられてきたことを忘れてはならない。私たちはいま専用霊園をもつことを誇りとし、有難いと思えば思うほど、諸先輩の労苦に感謝し、その道のりを想起しつつ、さらなる努力によって一層まもり発展させていかなくてはならない。 専用霊園の設置計画は1957年から始まり、当初は枚方市の王仁博土墓地周辺に共同墓地候補地として決定をみたが、地目上、不適地とされ、つづいて南生駒に候補地を選んだが、これまた民家が近いという理由で暗礁に乗りあげ、二度にわたって断念のやむなきにいたった。

幸いに生駒郡平群村に適地を探し求め、市・県当局と鋭意交渉した結果、許可を得て、念願かなうこととなった。 その後、墓地問題を前進させるために数次にわたり総会を開いたが、その当時においては十分な関心を集めるには困難な状況にあり、現地で野遊会を開くことを通して、具体的な推進に着手したのである。 墓地として許可を受けるために、早期着工が緊要となったことから、工費33 万円(当時)を有鳳氏、尚振氏、宗立氏の三人が負担して、ようやくスタートすることができ、1960 年1月、公園墓地として正式認可を受けた。 1968 10 月、待望の慰霊碑を建立し、1973年9月には第一回秋夕慰霊祭を挙行した。このときから、1979 年にかけて整地作業、区画整理、石垣、水道敷設、集会所、門扉などの環境整備を精力的におこなった。また1980 年から85 年にかけては、フェンス、植樹、藤棚植栽など、さらに1986 年から88 年にかけて、休憩所、駐車場、および水洗トイレを設置し、一層の改善に心血をそそいできたのである。 秋夕慰霊祭も、年毎に充実し、1986 年にはソウル大宗会からも参席を得て、一族の永い歴史と固い絆を再確認したのであった。 1988年には祭礼服(韓服)もととのえ、いちだんと古式ゆかしく、厳粛な雰囲気の中で、先祖崇敬、子孫団結の一念を新たにして現在に至っている。

光山金氏専用霊園